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相川まちあるき

鉱山産業遺跡コース

鉱山産業と関りの深い地域をめぐるコースです。
北沢浮遊選鉱場跡や大間港跡、吹上海岸石切場跡などの
史跡と鉱山産業とともに栄えた相川の町並みを体感いただけます。

当館からの往復:90分(5.4km)

徒歩での移動時間(立寄り時間は含まれていません)

コース内容

見どころ紹介

相川金銀山で採掘された鉱石の精錬・加工や搬出、そうした商売のために集まってきた商人のための寺や遊女町まで、相川では鉱山を中心として数多くの産業が生まれました。産業遺跡をめぐることで明治以降の佐渡鉱山が栄えた頃の相川の様子も知っていただけます。


北沢町

佐渡奉行所のあった上町台地の北側を流れる北沢川(現在の濁川)の川沿いの氾濫原にできた町で、江戸時代初めは買石業者の屋敷が並ぶ地域でした。昭和13年(1938)に建設された東洋一の浮遊選鉱場では、最盛期には月5万トンの鉱石を処理しており、産金高は1.5トンに達していました。現在は産業遺跡として見学者が訪れる場所になっています。

詳細情報
住所
〒952-1539 新潟県佐渡市相川北沢町

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おすすめポイント

北沢にある浮遊選鉱場跡は、蔦がからまる様子がスタジオジブリの名作「天空の城ラピュタ」の天空城に似ていると、注目を集めるようになりました。


大間町

大間は大きな湊を意味する言葉で、かつては湊町でした。慶長11年(1606)には大間番所が置かれ、越後からの米船などの管理を行っていました。この大間番所は宝暦8年(1758)に廃されましたが、明治維新後には佐渡鉱山の鉱石の搬出が、太平洋戦争後にはガラス工場に送られる石英の粉末や粗鉱の浜出しが、大間港で行われていました。
近年の埋立により西側浜手に栄町ができ、湊町だった頃のおもかげは薄れていますが、濁川河口の船揚場が残っています。

詳細情報
住所
〒952-1508 新潟県佐渡市相川大間町

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おすすめポイント

大間港は、相川に金銀山が開かれて間もなく開かれた港です。明治初期の本格的なコンクリート使用以前の工法(消石灰と土砂を混ぜた「たたき工法」)でつくられた港です。鉱山用港湾としての基本形状が、ほぼ築港時そのままに残っており、国指定史跡となっています。


柴町

柴町の浜側には慶長11年(1606)にできた海府番所(柴町番所)があり、海府から入る薪や柴・炭を陸揚げしていました。南には天満宮と風宮神社があり、東には大泉寺、専光寺がありましたが、天満宮は昭和29年(1954)に風宮神社と併合。大泉寺は明治元年に廃寺となり、現在は親和会館になっています。

詳細情報
住所
〒952-1503 新潟県佐渡市相川柴町

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水金町

鉱山では江戸時代初頭に水銀を使用した金銀の精錬が行われ、その精錬施設が水金町付近の川上にありました。水金町という町名は、その川で水金(水銀)を流していたことが由来になったといわれています。この水金町に山先町(現在の会津町)から11軒の遊郭が集団移転し、遊女町となりました。遊女の出身地は現存する身売証文などから、島内の娘たちがほとんどだったことがわかっています。

詳細情報
住所
〒952-1502 新潟県佐渡市相川水金町

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百足山

百足山の下にはかつて浄土宗の霊山寺が建立されました。この寺には一丈余り(約3メートル)のむかでがいたそうです。「佐渡相川の歴史」ではむかで絵馬の写真に「むかでは鉱脈をあらわしている」と説明されており、むかでは鉱山では縁起の良いものと考えられていました。霊山寺は明治の廃仏毀釈で法然寺に合併されており、現在の百足山には観音堂の小祠が残されています。

詳細情報
住所
〒952-1501 新潟県佐渡市下相川

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吹上海岸

吹上海岸には国重要文化的景観・国史跡に指定されている「吹上海岸石切場」があります。石切場を開いたのは、慶長8年(1603)に初代佐渡代官・大久保長安の命で相川陣屋が築かれるときに越中から来島した、五郎兵衛という石工の棟梁でした。ここで切り出された岩石は相川金銀山で鉱石をすりつぶし、粉にするために使われた石磨(いしうす)の上磨部分に利用されました。

詳細情報
住所
〒952-1501 新潟県佐渡市下相川

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おすすめポイント

石切場の近くには、切石を積み上げてつくられた、奉行・鎮目市左衛門の墓があります。鎮目は衰退に向かっていた金銀山の復興のために尽くした奉行で、その墓が立派にできているのは採石地だったことに加えて、鎮目の業績に対する、町民の感謝の表れではないかといわれています。


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